自分という病

主に映画の感想 たまに変なことも書きます。あらすじは長いです。

映画感想 アイ・アム・マザー

『アイ・アム・マザー』

  (原題:I AM MOTHER)

2019年 113分 オーストラリア

評価 8.5点/10点満点中

 

今回もNetflix映画

スヴァールバル世界種子貯蔵庫という施設が存在する。ノルウェースヴァールバル諸島最大の島スピッツベルゲンに存在する、その名の通り世界中の植物の種子を保管している施設だ。人類の活動により、現在の世界ではすさまじい速度で動植物の絶滅が進んでおり、その規模はほとんど地球史上の大量絶滅に近いのだという。大量絶滅が加速した場合に備えて、農作物や生態系の復活に必要な分の種子を世界種子貯蔵庫は保存している。SF好きとしては存在だけでワクワクする施設なのだが、同時にこのようなものが必要とされるほど環境破壊が進んでいることには悲しくなる。

大量絶滅からの再生。ノアの箱舟(そしてその下地となったメソポタミア神話)では、神の導きにより人類は復活して、再び地に満ちることができた。しかし神が死んだ現在では、人類は自身の絶滅からいかにして復活できるのだろうか? よくSFで取り上げられるテーマである。

本作『アイ・アム・マザー』も、これがテーマとなっている。人類が死滅した世界で、一体のロボットが保存されていた複数の胎芽(妊娠八週目以前の胎児)からひとつを選び取る。胎芽は赤ん坊になり成長し娘になる。そしてロボットは母になる。娘はやがて成長して外の世界に興味を持ち始めるが、母は外はまだ汚染されているという。しかしそこに、外からの女性が現れる

以上がかんたんなあらすじだ。SFとしてよく出来ているうえに、スリラーやミステリーな要素もあり、Netflix映画としては二時間近くと長いが、飽きずに最後まで見ることができる。SF映画として素晴らしいので、その方面が好きな人は楽しめると思う。

 

 

 

あらすじ(ネタバレなし)

人類が死滅した世界。人の絶滅に備えて造られた再増殖施設で、一体のロボットが起動する。ロボットは保管庫から女の胎芽をひとつ取り出すと、それを液体で満たされた丸い容器にいれる。胎芽は一日で赤ん坊となり、ロボットは彼女を抱く。

赤ん坊は成長して少女となる。少女は「娘」と呼ばれ、ロボットは「母」と呼ばれる。娘は母から折り紙やダンスを教わり、寝るときは母が本を読む。娘は母に、どうして人間は自分一人なのかを聞く。母は戦争の前にはいっぱいいたと答える。人間は破壊するから嫌い、娘はそう言う。母は娘を保管庫へと連れて行き、胎芽を見せる。やがて大きな家族になると、母は言う。どうして私ひとりが生まれたのか、という娘の問いに、私も母として学習が必要なの、と母は答える。

時はさらに経ち、娘はティーンエイジャーになる。娘は母から多くのことを学ぶ。医学や工学、化学はもちろんのこと、倫理的なことも。母は娘に問題を出す。五人の臓器不全の患者がいる。そこに死にかけた患者がひとり運ばれてくる。運ばれてきた患者の臓器を使うと、五人の患者が助かる。しかし、死にかけた患者を治せば、五人の患者が死ぬ。最大幸福と娘は答える。全体の利益のために少数を犠牲にする。母はうなずき、問題を進める。もし自分の臓器を使えば五人の人間が助かるとすれば? 娘は五人の人柄によると答える。平等の権利と幸福追求権を母は持ち出す。カントね、と娘は吐き捨てるように言う。試験が心配だ、と母は言う。

夜、母が充電に入ったあと、施設が停電する。ライトを持った娘は施設内を見回して、配線が切れていることを確認する。娘はなにかの物音を聞き、近くの棚の下を覗く。そのあと娘はガラスの容器を棚の近くに置いて、配線の修理を始める。容器にネズミが入ると、娘は素早くネズミを閉じ込める。配線も直り施設が復旧したあと、娘は母にネズミを見せる。侵入はありえないと言う母に対して、地表はもう汚染されていないのかもと娘は訴える。しかし母はネズミを焼却炉に入れる。地表はまだ汚染されていると母は答えて、娘の失望に同情を寄せる。その日以来、娘は外の世界への興味をいっそう強くする。

またある夜、母が充電に入ったあとに娘は施設を探索する。外界への出口に近づいたとき、彼女は扉を叩く音を聞く。娘は防護服に着替えると、エアロックを開けて出口の扉に耳を傾ける。外からは助けを求める女の声。娘は別の防護服をエアロック内に置き、一度エアロックを閉めたあとに出口を開く。サイレンとともに出口が開き、女がエアロックに入ってくる。異変に気付いた母が起動して、施設内を駆ける。銃撃を受けたという女は手当てを望む。しかし、母に女の存在が明らかになることを恐れた娘は、エアロック内に隠れるよう女に言う。駆け付けた母に、娘は出口を少し開けただけだと釈明する。母は胎芽全員を危険に曝したことを注意して、これからテストを行うと告げる。戸惑う娘だが、勉強室に行きテストを受ける。部屋を出る母がエアロックの確認をすると言ったので、娘は慌ててエアロックに先回りする。娘は女の荷物から銃を見つけるとそれを腰にしまう。起きた女は娘の制止も聞かず、マスクを脱いで水を飲む。外気の汚染に曝されていないのかと娘が問うと、女はそれはデマだと言う。娘は女を機械室へと連れていく。エアロックにたどり着いた母は、女が脱ぎ捨てたガスマスクを見つける。

娘は医務室で薬と包帯を集める。女は侵入者を探す母の姿を見て身をすくめる。娘が女のもとへ戻ったとき、女は娘に銃はどこにやったのかと問う。ここは安全だと娘は主張するが、女は母を見て「ドロイド」と呼び、銃を返せと言う。母が娘を呼ぶ声に、女は娘を引き寄せる。娘の助けを呼ぶ声を聞いて駆け付けた母は、女の銃撃を受けながらも彼女を取り押さえる。

医務室に捕らえられた女は、母から抗生物質の注射を提案されるが、女は母に敵意を見せる。仕方なく、母は注射を置いて外に出て、女の判断に彼女自身の運命を任せる。

外に人がいる可能性を感じた母は、人々をこの施設に連れてくるべきだと提案し、自身の修理を始める。女の銃撃により、危うくCPUが壊れるところだったと言う。

娘は女の荷物から、人々の顔のスケッチが描かれた小説を見つけて、他の人々に思いを馳せる。娘は女のもとへと行き、ここでの暮らしを提案するが、女は警戒している。

女の体調が急変する。手術で弾丸を取り除かなければいけないが、女は母が行うのを拒否したので、娘が手術を請け負う。女の希望により麻酔無しで手術を行い、娘はなんとか成功する。痛みに気を失っていた女が目を覚ます。娘は彼女のもとへ食事を届け、一緒に保存されていたテレビの録画を見て距離を縮める。女はスケッチされた人々のことを話し、一緒に自分たちがいた鉱山に行かないかと娘に持ちかける。娘の気持ちが揺れているときに母が現れて、今から試験を始めると娘を連れだす。不服な顔で女のそばを離れた娘に、母は女の隠しごとについて語る。女から取り出された銃弾と、母が受けた銃弾が一致した。つまり女はドロイドではなく人間から銃撃を受けた。

娘はテストを受けて、過去最高の点数を出す。その褒美として、母は娘に弟を与えることにする。胎芽を取り出した娘は、弟となるそれを容器に入れる。

娘は銃弾のことを女に問いただす。すると女は、自分で確かめたのかと問う。

真実を語っているの母か女か。世界から人類が消えた理由。そして現在の外の世界。娘は真実の探求を始める。

 

 

 

 

 

 

 

感想(ネタバレあり)

ロボット式子育て術

本作の謎とき。

母は人という種族の保存のために作られたAIとロボット群。人類はなにやら大きな戦争を起こした。この自己破壊ともいえる行いを見た母は、より良い倫理観を持った人類を作ることにする。そのために現行の人類を絶滅させて、荒廃した地球環境も復活させる。ロボットによる人間狩りを進めつつ、施設内部では保存されていた胎芽を使い、自分の基準に見合った人間を育てる。

そして作中時間。三人目の娘の養育が上手く進んでいたので、母はこれを次なるステップへの機会ととらえる。まずは女を施設に呼び寄せる。女が施設にやってきたのは偶然ではなく、すべて母が仕組んでいたこと。地球規模の存在である母には、わざと少数の人間を生かして、さらに施設へと誘導することなど朝飯前なのだ。

こうしたイレギュラーを娘に与えたのは、娘に古い人類を見せるとこ、女の登場を機に自身から独立を娘に促すこと、また世界の真実を見せること。そして一番大きいのは、娘が次なる母になれる存在かどうかを見極めるため。そしてことは母の思惑通りに進んでいく。

女の役割は、古い人類の倫理観を見せること、そして娘を危険に曝すことだ。女は自分の寂しさを埋めるために、外の世界について嘘の情報を娘に吹き込み、彼女の喉に刃物を当ててまで娘を外に連れ出した。母の思惑通り、真実を知った娘は女に失望したことだろう。自分の利益のために他人を欺く行為は、最大幸福を善とする母の教育とは正反対だからだ。古い人類との共存という望みを砕いたともいえる。描かれていないが、コンテナを訪れた母のセリフから察するに、女は殺されたのだろう。女は母に利用されるだけ利用された。

娘は弟を諦めろと女に言われるが、そうはしなかった。危険が待ち構えていることを承知で、弟を取り戻しに施設に戻る。命の危険を顧みず弟を助けにくるか。これも母が与えた試練だ。そのために、女を使って自身に対する疑心を娘に起こさせ、敵対関係に持ち込んだ。見事に娘はクリアして、弟を手にする。

母の最終目標は、ロボットの手を借りずに、人類が高度な倫理観を持った存在として存続していくこと。そこで、自分自身を娘に撃たせて、娘が自分から独立するように仕向けた。もっとも、母は共有された意識体であり、テラフォーミングを行うような存在なので、これからもお天道様よろしく娘を見守るだろう。新しい人類が道を踏み外せば、容赦なく滅ぼして次なる人類を作り始める。封神演義(漫画版)を彷彿とさせる。ロボットが人間を支配するといえば『ターミネーター』シリーズだが、やはりノアの方舟が筋としては近い。子どもに高い倫理観を望み、基準に満たなければ殺してしまう。母は聖書の神に似ている。

終盤に弟が生まれるが、彼の役目は娘の子ども、つまり息子だ。ラストシーン、保管庫を見る娘のアップからのアイ・アム・マザーのタイトルを見ても、娘が母になったことが示唆されている。母は娘に対して立派な女性になった(吹き替え。英語ではI made you into the woman that you are)と言っている。母は最初から娘に女性としての役割を期待していた。だから彼女以前に育てていたのも女児だけだった。父性よりも母性ということだろう。一般的に女性のほうが男性よりも協調性が高く争いを好まないと言われているので、母の望む人類に女性が適していたこともある。

つまるところ、この映画の出来事はすべて母の手の内のことであり、人類はこれからもその手の内で生きていくことになる。これをバッドエンドととらえるか、ハッピーではないがバッドでもないととらえるか。そこは人それぞれだ。

また、母自身も自身に課せられた使命を遂行しているだけに過ぎない。

 

デデンデンデデン

本作のストーリーの意外性は、ロボットの反乱に母親というテーマを織り交ぜたことにある。

ロボットという言葉を生み出したのはチャペックの戯曲『ロボット』だが、この作品ですでにロボットの反乱が描かれている(ただし『ロボット』にでてくるロボットは人造人間のような存在)。それからは『アイ、ロボット』や『ターミネーター』よろしくロボットの反乱はSFの主要なテーマのひとつだ。もちろんロボットの反乱理由が、人類の保護にあり、あまりに苛烈な保護が反乱に見える、というのもよくある筋書きである。

本作はそこに強い母性の強調が含まれている。SFでありながら母親を描いた作品だ。ロボットは母を演じるし、母の教育を通して娘は母となる。また、弟を巡って二人は対立するが、孫の誕生がきっかけでぶつかりあう母と娘なんてのも珍しくはない。母になったことにより、自身の母と対立する。母という属性が持つ因果かもしれない。

題名の通り「母」に注目してみると、面白いことに気が付く。ロボットはまず「母」である。そして養育を通して「娘」が「母」になる。役目を終えたロボットは「母」としては消えるが、人類はまだロボットに支配されている。この作品において母であるロボットは神同然の存在だ。そして先にも書いたように、母には聖書の神ヤハウェの要素が見られる。ヤハウェは父たる神、苛烈、支配、強権の象徴だ。いっぽうで、母には当然母親としての役割も存在し、地球を人類が再び住めるよう改造する、娘に母としての役割を教え込む、協調性や自己犠牲を善とするなど、母なる神としての側面も持つ。

ラストで母は自身の母親としての役割を娘に与え、自身には支配する父としての役割を残す。もしかすると、母は自身には母親としての能力が欠けていると思っていたのかもしれない。母はあまりにも強力な存在過ぎて、父なる神にはなれても、人を養育する母なる神にはなれなかった。だから、自分で「母」を育てることにした。なんだかとても神話チックな考察だが、見方のひとつとしてはありではないだろうか。そうすると、ラストの娘のアップからタイトルに変わる流れも、娘こそが母なのだ、と強調しているようにも見える。見えるだけである。

その他の感想。意外と映像がよかった。母は見た目からしてロボット然としているが、動きが妙に人間臭い。かと思えばロボットだけができる無駄のない動きなど、まさしく「母を演じている」という雰囲気がよくでている。手や胸部にヒーターがついていて、赤ん坊を抱いて温めることを考えられているのも、細部へのこだわりが見えていい。

外の世界の景色も、まさしくポストアポカリプス然としている。とくに、座礁したタンカーがある海岸、巨大な機械によって育てられるトウモロコシ畑などは、個人的に心をくすぐられるところがある。

見ていて楽しいし、考察のしがいもあるのだが、しいて心を揺り動かすような作品ではないのが残念。感動を味わいたいからもう一度見るというより、考察のために見返すといった作品だ。

 

 

まとめ

SFとしてよくできていて、最近のNetflix映画のなかでもとくに出来のいい一本。考察好きな人は気に入るだろうし、結末をどうとらえるかで議論もできそうな作品である。ただ、そうした性質ゆえ、感動する傑作というわけではない。見る分には十分面白い映画だとは思う。