自分という病

主に映画の感想 たまに変なことも書きます。あらすじは長いです。

映画感想 フェノミナ

フェノミナ』(原題:Phenomena)

1985年 116分 イタリア

評価 7点/10点満点中

 

 

虫に嫌悪感を抱く人は多い。小さい頃は憧れだったカブトムシや網で捕まえたバッタやカマキリが、いまは視界にいれるのも憚れる存在だ。大人になると虫が嫌いになるのはどうしてなのだろうか。

人間が虫を嫌いなのは古くからの性質のようで、日本の古典には「虫愛づる姫君」という話がある。主人公の姫君は大の虫好きで当時の風習に頓着しない変わり者で、彼女を通して当時の社会を風刺しているとかなんとか。

フェノミナ』の主人公も虫を愛して、さらには彼らと交信することができる。虫とつながる少女が殺人事件に巻き込まれるスリラーほらーである。主演はビューティフル・マインド』で各種映画賞を受賞した若かりし頃のジェニファー・コネリー。超自然的な能力と殺人事件という組み合わせは、同じダリオ・アルジェント監督の『サスペリアpart2』と似た組み合わせで、同監督の他の作品と同じくゴブリンの音楽がとても印象に残る。作品の性質上、虫やグロテスクな描写が多いので、鑑賞の際は注意してもらいたい。

 

 

 

 

あらすじ(ネタバレなし)

スイスのチューリッヒ郊外。バスに乗り遅れた少女が、近くにあった民家で何者かに襲われて殺される。

少女を狙った連続殺人事件を捜査している警察は、チンパンジーを飼う風変わりな昆虫学者のマクレガー教授に、切断された遺体の頭部を見せる。教授は遺体に湧いた蛆虫の種類から殺害された時期を割り出す。自身の知り合いで行方不明になっている少女も殺されているだろうと考えた教授は、警察からの捜査協力を快諾する。

チューリッヒのリヒャルト・ワグナー学校に、一人の少女が転校してくる。彼女の名前はジェニファーといい、父は有名俳優で、撮影のために世界を飛び回っている。ワグナーが住んでいた屋敷を改造した寄宿学校で、ジェニファーはさっそく同室のソフィと仲良くなる。近ごろ連続殺人があり、ひとりで寝るのが不安だったとソフィは語る。

眠っていたはずのジェニファーは目を覚まして校内を歩き回り、古い建物に行きつく。窓から中を覗いたジェニファーの目の前に血塗れの少女が悲鳴をあげて現れ、少女は窓ガラスを突き破る。ジェニファーが驚きで声も出せずにいると、少女の口から槍のようなものが突き出る。後ずさりしたジェニファーは二階の縁から転落する。呆然としたジェニファーは道路に飛び出し車に轢かれる。車を運転していた若者ふたりはジェニファーを車に乗せるが、パニックになった彼女は車の外に出て、道路わきの坂を転げる。そこにマクレガーが飼うチンパンジーのインガが現れ、彼女をマクレガー宅へと連れていく。

マクレガーはジェニファーに怪我がないことを確かめると、彼女と虫の話で親睦を深める。連続殺人の話題も出て、ジェニファーはマクレガーの知り合いの少女も犠牲になっていることを知る。ジェニファーはマクレガーからコートを借り、夢遊病の対策方法も教えてもらい、学校へと戻る。

学校へと戻ったジェニファーは脳波の検査を受けることになる。検査では異常な結果がでて、教員たちは彼女に精神病を疑うが、ジェニファーはそれを否定する。学校では、ジェニファーの夢遊病のことが生徒たちに口にのぼる。

ジェニファーも自分の夢遊病が不安になり、ソフィに眠っているあいだ見張るように頼む。了解したソフィだったが、ジェニファーが眠ると部屋を出て彼氏と落ち合う。ソフィは別れ際に彼氏と喧嘩をしてしまいひとりになってしまい、そこに槍をもった人物が現れる。逃げだしたソフィだったが、捕まってしまい殺される。夢遊病で体が動き出したジェニファーだったが、部屋を出るまえに目を覚まして、ソフィがいないことに気が付く。心配になり外にでたジェニファーを導くように一匹の蛍が飛ぶ。蛍に導かれた先で手袋を拾ったジェニファーは、それに蛆虫がついていたことでソフィが殺されたと直感する。

蛆虫のことを知るために、ジェニファーはマクレガーのもとを訪れる。彼女はマクレガーに自分の力のことを話し、彼の本をもらう。学校に戻ったジェニファーは、教師たちが彼女が父にあてた手紙を読んでいるのを目撃する。虫と気持ちが通じるという内容に、教師たちは彼女を異常だとみなす。手紙を読まれたことに怒ったジェニファーは手紙を取り返すが、生徒たちが彼女をからかい始める。たくさんの生徒に追いつめられたジェニファーの怒りに呼応して、無数の虫が建物を覆う。ジェニファーはそのまま気を失ってしまうが、校長は彼女と悪魔のベルゼブブを結び付けて、病院への強制入院を決める。目を覚ましたジェニファーはこっそり学校を抜け出し、マクレガーのもとへ身を寄せる。マクレガーは手袋にいた蛆虫の種類を同定し、その虫を使って犯人を捜すことを提案する。ジェニファーはソフィのためにも、犯人捜しを始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

感想(ネタバレあり)

 

設定もりもりジェニファーちゃん

本作の主人公のジェニファー・コルビノ。まさしく絶世の美少女のジェニファー・コネリーが演じる彼女は、昆虫と交信できるということ以外にも設定がたくさんある。

まずは世界的俳優の娘だということ。残念ながらこの設定が活かされていることはほとんどなく、父親はちらりとも出てこない。ラストに父親の代理人が助けにくるが、これは別に父が俳優でなくてもいい。ソフィと父のことを話すが、かなりぼかされた表現のされかただ。

次に菜食主義。だが食事シーンはないし、特段に動物を愛護している様子もない。ちらっと会話の端に出すにしてはうがった設定すぎやしないか。

夢遊病もよくわからない設定だ。ジェニファーが夜に歩き回る設定を作りたかったのかもしれないが、せっかく虫と心が通じるのだから、虫に導かれて外を出歩くのではダメだったのか。

ひと昔前のラノベヒロイン並みに盛られた設定のジェニファーだが、その多くが死に設定になっているのが残念。せっかく虫と交信できるという尖ったものがあるのだから、そちらだけを全面にだせばよかった。

虫と交信できると、というよりかは虫がジェニファーの感情に呼応する設定は、なんとか最後まで生きていた。この力がなければ物語が進むことも、事件にケリをつけることも難しかっただろう。いっぽうで、虫をこよなく愛するジェニファーが、ラスト付近で手に着いた蛆虫(サルコファゴス)を払っていたのは解せない。犯人に捕まるという緊急事態なのはわかるが、虫をぞんざいにあつかってしまうのはどうなのだろう。

ジェニファー以外にも不思議な設定や人物は多い。

マクレガー教授がなぜチンパンジーを飼っているかは説明されない。昆虫学の博士がどうしてチンパンジーを飼っているのだろう。たぶんチンパンジーをだしたかったんだろう。チンパンジーのインガは不可解な存在ながらも、作中でトップの存在感と演技を見せつけてくれたので良しとしよう。

ついで警部のガイガー。放射線量計測器みたいな名前の刑事は前半にテレビにちょこっと映っていただけで、ラストに突然でてくる。でてきたと思えば犯人の家を偶然にも訪れて、フレーム外で捕まっているのだからよくわからない。彼の生死は不明だが、犯人のフラウがジェニファーを追ってきたところを見ると死んでいるだろう。

最後はフラウの息子。そもそも犯人のフラウ自体がラストまで存在感の薄いキャラで、後半に出てきたときは、誰だっけこいつと思ってしまうくらいだった。さらにその息子というのだから、もはや従兄弟の友人の叔父さんの上司みたいなレベルなのだが、幼いながらも醜い顔をした殺人鬼という強烈なキャラをしている。この段になってそんなキャラを放り込まれるのは、締めのカツどんみたいなものだ。もう少しこのあたりは伏線を張っておいて欲しかった。

本作は矛盾とかちぐはぐさを感じるところも多いのだが、それでも最後までそれなりに楽しんで見てしまう魔力を持っている。

 

考えるな、感じろ

見終わったあとにこうして話をまとめると、たくさんの矛盾点や欠点が見つかってしまうのだが、見ている間はそれほど気にならずに最後まで見てしまう。ダリオ・アルジェントの作品には彼にしか表現できない尖った個性があり、それが人々を引き寄せる魔力なのだと思う。

プロローグで殺人があるのはホラーのお約束だが、そのあとの場面で蛆がたかった頭部がドンと出てきて、それを見る人の横にはチンパンジーがいる。文章に起こすと奇妙なのだがそれをすんなり受けいれてしまう。

話が進みジェニファーが夢遊病で彷徨う場面。ゴブリンの激しい音楽とともに、学内の古い建物を歩くジェニファーの目の前で少女が殺される。学内で殺されたというのは、犯人が学内の者という伏線だったのだろう。そのあとジェニファーは二階以上の高さから落下し、車に轢かれて挙句は車から放り出されるわけだが、彼女にはほとんど傷らしいものはない。そこにどういうわけかインガがやってきて、ジェニファーはマクレガーと出会う。ツッコミどころが満載なのだが、それもダリオ・アルジェントの持ち味なのだと感じてしまう。ダリオ・アルジェントが免罪符になっているのだ。ゴブリンの音楽も、はじめてアルジェント作品を見たときは違和感がすごかったのだが、いまではゴブリンでないと物足りない。

うるせえ!これがダリオ・アルジェントだ!と言わんばかりの奇妙な説得力が、本作でも発揮されている。この説得力は、波長が合うか彼の作品をいくつか見ないと感じられないだろう。

インガがマクレガーの仇を討つ展開は良かったと思う。取り残されたインガがゴミ箱から剃刀を取るシーンは、のちの展開を予測させるし、ラストでなかなか現れないことにじれったさを感じさせ、出てきたときにはある種のカタルシスがあった。インガは当然ながら一言も話さないが、彼が剃刀を拾う場面はマクレガーとも絆を感じさせる。間違いなくこの映画のMVPはインガだろう。冷静に考えると、剃刀を持ったチンパンジーなんて下手な殺人鬼よりも恐ろしくないだろうか。

ジェニファーは良くも悪くもアルジェント的少女だ。正直言って、本作のジェニファー・コネリーはアイドル的な雰囲気で、のちのちに名女優になる風格は感じられない。

 

 

まとめ

ダリオ・アルジェントが送る虫と少女とチンパンジーの物語。まさにダリオ・アルジェント的作品であり、虫が苦手でなければダリオ・アルジェント入門にいいだろう。ダリオ・アルジェントゲシュタルト崩壊しそうである。