自分という病

主に映画の感想 たまに変なことも書きます。あらすじは長いです。

映画感想 エルム街の悪夢

エルム街の悪夢

  (原題:A Nightmare on Elm Street)

1984年 91分 アメリカ 

評価 8点/10点満点中

 

 

『エイリアンVSプレデター』、『貞子VS伽椰子』、ホラー映画の有名キャラがぶつかり合う作品の先駆けとなった『フレディVSジェイソン』。夢の中の殺人鬼であるフレディとキャンプ場に潜む無敵の殺人鬼ジェイソンが戦うという馬鹿げたストーリーに対して、非常に完成度が高く楽しめる作品となっている。

「ホラー映画のキャラクターといえば?」と聞かれたらジェイソンを上げる人は多いだろう。古くからパロディの対象となり、近年でもゲーム作品が人気を博すなど、その人気を不動としているジェイソン。いっぽうでフレディはどうだろう? 名前は知っている、夢の中に現れる、そういった特徴しか知らない人も多いのではないだろうか?

しかし、フレディのキャラクターとしての魅力はジェイソンにけっして劣らない。夢の世界を支配して対象をじわじわと追いつめる殺人鬼。軽口をたたきながら鉄の爪の冷たいを音を響かせる。『エルム街の悪夢』は一作目で、彼のキャラクターを百パーセント引き出している。残酷な夢の中の殺人鬼と、友人を殺された少女との戦いを描いた本作は、八十年代スラッシャー映画の中でも特異な輝きを放っている。

 

 

 

 

 

あらすじ(ネタバレなし)

女子高生のティナはなにかの施設を彷徨うようい逃げている。彼女の背後に迫るのは鉄製の爪。爪を持つ男が不意に背後に現れたところで、彼女は目を覚ます。彼女は自分のパジャマに爪で切り裂かれたような跡があることに気が付く。

登校中、彼女は友人のナンシーとその彼氏のグレンに夢の話をする。悪夢のことが気がかりなティナは、親が不在の今夜、家に泊まりに来てくれるように二人に頼む。二人が承諾したとき、ティナの彼氏であるロッドが三人に話しかけ、自分も行くと言う。ロッドと喧嘩中だったティナは、彼に来ないようにと答える。

その夜、ティナの家で悪夢のことを話す三人。不意に外から物音から聞こえたので家から出ると、突然姿を現したグレンが三人を驚かす。ティナは彼に憤慨するが、ロッドは彼女の肩を抱くと、家の中へと入っていく。グレンは帰ろうと言うが、ナンシーは残ると答えたので二人はティナの家に戻る。グレンはリビングのソファで、ナンシーはティナのベッドで横になる。ティナとロッドは母親のベッドで体を重ねると、すっかりと仲直りした二人は眠りにつく。眠る直前、ロッドも爪の男の夢を見たいたことをティナは知る。

物音でティナは目を覚ます。窓に近づくと、なにかが窓にあたりひびが入り、外から彼女を呼ぶ声がする。声に従うままに庭に出たティナは、緑と赤の横縞のセーターに鉄製の爪をつけた全身に火傷を負った男が現れる。庭を出て逃げ回るティナだが、男は瞬間移動のように彼女の前に姿を現しては、逃げ惑う彼女を見て笑う。家に戻ってきたティナだが、開かない戸を叩いてナンシーを呼ぶ。背後に迫った男は、自分の指を笑いながら切り落とすと、彼女に襲い掛かる。必死の抵抗で男の顔を掴んだティナだが、皮膚の剥がれた男の顔を見て絶叫を上げる。

ティナの悲鳴で目を覚ましたロッドはベッドから飛び起きると、シーツの下で暴れているティナを見る。シーツを剥がすと、ティナはもだえ苦しむように体をよじらせたかと思うと、彼女の胸には深い四筋の傷が浮かび上がる。必死に彼女の名前を叫ぶロッドだが、ティナの体は宙に浮いて天井に達したあと床に落ちる。ティナの悲鳴が消える。騒ぎを聞きつけてナンシーが駆け付ける。血まみれの部屋と無残なティナの姿を見て、ナンシーはロッドになにが起きたかを問いかけるが、ロッドも混乱している。遅れて来たグレンと話している隙に、ロッドは窓から家を出て姿を消す。

警察署で母と座るティナのもとに、警部である父親のドナルドが話を聞きに来る。ドナルドはロッドをティナ殺害の犯人と考え、彼を指名手配する。ロッドは犯人ではないと抗議するナンシーだが、ドナルドは彼女の考えを無視する。

翌日、学校に向かうナンシーの前にロッドが現れ自身の潔白を訴えるが、娘を見張っていたドナルドがロッドを捕まえる。自分を囮に使ったことに怒ったナンシーは、父を無視して学校へと行く。

授業中、事件のせいで眠れなかったナンシーはうたた寝をする。目を覚ますと、彼女の横に死体袋にはいった血まみれのティナが立っている。目を少し離すと消えてしまったティナを追いかけ、ナンシーは教室を飛び出し廊下を走る。角でぶつかった女生徒は、ナンシーに爪を見せつける。学校の地下室に下りたナンシーがカーテンを開くと、そこには蒸気が吹くボイラー室になっている。踏み込んだナンシーは現れた爪の男に追いかけられる。追いつめられた彼女は自分が夢の中にいることに気が付き、蒸気が通るパイプに腕を押し付けて無理やり目を覚ます。半狂乱で目を覚ましたナンシーはそのまま早退する。夢で負った火傷の跡を腕に見つける。ロッドに面会に行ったナンシーは、彼やティナの夢の話から、爪の男の存在を確信する。

金属の爪をもつ謎の男。ナンシーは男の正体と事態の解明に臨むが、冷たい爪が彼女たちに迫る。

 

 

 

 

 

 

感想(ネタバレあり)

ホラー界の匠、ウェス・クレイヴン

監督であるウェス・クレイヴンは『鮮血の美学』でデビュー後、『サランドラ』でホラー映画監督として名をはせる。そして本作『エルム街の悪夢』でその名声を確固たるものとしている。九十年代に監督した『スクリーム』は、数々のホラー映画のパロディやお約束をふんだんに使った傑作サスペンスホラーだ。

エルム街の悪夢』は、ウェス・クレイヴンの才能が光る一品だといえる。まずフレディ・クルーガーという怪物の設定。夢の世界を支配する彼とは、夢の世界でしか対峙できない。ホラー映画に登場する他の殺人鬼と異なり、まともに戦うことすらできない存在で、登場人物は夢の中では彼の掌の上で踊るしかない。夢の中であるから、扉の先を別の場所にすることも、瞬間移動もお手のものだ。

夢の中の怪物という設定は、演出にも生きる。夢の中にいるとき、自分が夢を見ていると気づくことができる人は少ない。それを利用して現実と夢をシームレスに切り替えることで、まるでフレディが現実にいるように錯覚させることができる。現実のシーンだと思って安心していたら、フレディの爪がすぐ背後に、というわけだ。まさしくホラーの神髄である「理不尽」を体現した存在である。

フレディは殺人鬼でありながら悪霊の性質を備える。そのため、刃物で直接切り殺す多くの殺人鬼たちとは異なりかなり多芸だ。ティナの殺害シーンでは、彼女の体を宙に浮かせて天井に這わせるという、ポルターガイストじみたこともやってみせる。そしてなによりも有名なのは、ナンシーの彼氏であるグレンの殺害シーンだろう。突如ベッドのマットレスから伸びた手がグレンを掴む。ベッドには大きな穴があき、グレンはそこに引きずり込まれ、およそ人体に収まっているとは思えない量の血液が穴から吹き出し天井に達する。本作を象徴するシーンであり、ホラー映画史に残る演出だ。これも彼が夢の世界の怪物であるからできたことだ。

ストーリーの運びも面白く、はじめのうちほとんどの人はティナが主人公だと思うだろう。しかし序盤で彼女は殺されてしまう。そしてそれほど目立たなかったナンシーが一転して主人公になる。ティナの死は視聴者にとっても衝撃であり、そのあとのストーリーがどうなるのか気になって仕方がない。古くは『サイコ』でもとられた手法だが、ミステリーの導入であるあちらに比べると、本作ではフレディの謎と恐ろしさの両方を演出している。

縄跳びをしながらフレディの歌を歌う三人の少女も印象的だ。軽口を叩くフレディと比べると、彼女たちは『シャイニング』の双子のような不気味さがある。エピローグで流れる歌は、ラストの衝撃と相まって映画に恐ろしい余韻を残している。

ストーリー、演出、設定。どこをとっても素晴らしく、ウェス・クレイヴンの才覚が見て取れる。

 

高powキャラ、ナンシー

powとはクトゥルフ神話TRPGにおける精神力のこと。

ホラー映画にはヒロインがつきものだ。単純に運がいいだけで生き残る者もいれば、異常なタフネスを持つ者もいる。ホラー映画においてヒロインは異能生存体である。

バイオハザード』シリーズのアリスのように特殊能力を手に入れるもの、『サプライズ』のエリンのように戦うすべを知っているものなど様々な異能者がいるが、本作の主人公ナンシーは、非常に強い精神をもっている。

普通人間は、二日以上起き続けると脳に異常をきたす。幻覚や幻聴を見たり、精神的に錯乱する。しかし我らがナンシーは、七日以上も睡眠をとらずにフレディとの戦いに臨んでいる。七日! 常人ならば動くこともままならないだろう。それでも冷静に罠を張って夢の中の怪物と戦うのだ。

最初にフレディに襲われたときも、悲鳴こそあげるものの自分の腕に火傷を負わせて夢の世界を脱した。フレディの存在を信じない両親を説得するために、夢からフレディの帽子を持って帰ってきた。夢の世界からフレディを引きずり出せることに気が付いた彼女は、自らを囮としてフレディを現実に引きずり込もうと決意する。恋人が死んだことを知っても涙をこらえて、わずか十分足らずで爆弾を含む罠を張る。現実世界に引きずり出されたフレディは、彼女の罠にやられっぱなしだった。目の前で母親がフレディに殺されて、彼と密室で一対一になっても、グレンの言葉を思い出しフレディからエネルギーを取り返して、一連の悲劇をなかったことにしている。

夢の中の怪物という、ホラー映画でもトップクラスのチート能力を持つフレディに対して、彼女は正面から戦い、実質的な勝利をおさめた。それもこれも、彼女の異常ともいえる胆力のたまものだろう。

かっこいいヒロインは数いれど、か弱い体に鋼の精神を宿したナンシーは、ホラー映画界の名ヒロインだ。

 

 

まとめ

コメディタッチな印象を持つフレディだが、デビュー作ではホラーの怪物らしい恐ろしさを見せつけている。映画としての完成度は高く、玉石混淆の八十年代ホラーの中にあって、本作は見事な玉だろう。

 

余談

ウェス・クレイヴンは、自身が監督した『スクリーム』で、フレディのセーターを着て用務員役でカメオ出演している。