自分という病

主に映画の感想 たまに変なことも書きます。あらすじは長いです。

映画感想 ビハインド・ザ・カーブ -地球平面説-

『ビハインド・ザ・カーブ ー地球平面説ー』

  (原題:Behind the Curve) 

2018年 95分 アメリ

9点/10点

 

 

本作『ビハインド・ザ・カーブ ー地球平面説ー』(以下『ビハインド』)は、近年増えている地球平面説の信奉者に密着したドキュメンタリー映画だ。

今回はかなり長くなります。

 

地球平面説とは、地球が球形ではなく平面であるという説だ。

 

f:id:KeiMiharA:20190314114314p:plain

地球平面説による世界観

地球平面説の世界観では、上記のように世界は北極を中心として、世界の端は氷の壁(南極)が立っている。これにドーム状の天球がかぶさり、その天球に星々が引っ付いており、太陽と月は地表と天球の間を方位磁石のN極とS極のように回っている。

もちろん、この地球平面説は紀元前には否定されている。理論的にもそうだし、人類が宇宙に出てからは写真も無数にある。

それにも関わらず、現代のアメリカでは地球平面説を信じている人は増えているのだと言う。

なぜ彼らはこのような荒唐無稽な説を信じるのか。彼らの思想の背後にあるもの、彼らは普段どのような生活を送り、どうのような人物なのかを迫り、さらには現代のアメリカが抱える問題も見えてくる傑作ドキュメンタリーである。

 

ところで多くの人が地球平面説に関して勘違いしていることがある。それは「中世ヨーロッパの人々は地球が平面だと信じていた」というものである。たとえば、大西洋を横断してインドを目指そうとしたコロンブスに対して、地球の端には奈落があるからインドには行けないと周囲の人が馬鹿にした、という逸話などである。

これは完全に誤りで、中世ヨーロッパの人々も地球が球形をしていること知っていた。もちろん、農民などの教養がない人々はわからないが、少なくとも知識人と呼ばれる人は地球が平面であるなどと信じていなかった。古代ギリシャの時代から地球は球形だと考えられていたし、船が水平線を越えると見えなくなるなどの経験から、球形地球というのは常識だった。中世ヨーロッパでは地球は平面だと信じられていた、という誤解は、科学者による宗教へのネガティブキャンペーンによって広められたらしい。要するに、宗教は愚かしい誤りを信じているということだ。進化論の登場によって始まった宗教と科学の対立により広められた嘘である。

 

 

 

 

 

あらすじ(ネタバレあり)

アメリカはワシントン州ウィドビー島。対岸にシアトルを望むこの島に、マーク・サージェントはは住んでいる。一見するとただの中年白人男性だが、彼は地球平面説の信奉者で、YouTubeにおいて熱心な活動をし、平面説信奉者の中心的存在だ。母親と一緒に暮らしているが、彼女は平面説を信じているわけではなく、二年前に突如息子が平面説を広める活動をし始めたときは驚いたという。

マークが平面説を知ったとき、はじめ彼はそれに懐疑的だった。しかし、彼は調べるにつれて平面説にのめりこんでいき、ついには熱心な宣教師となった。

彼曰く、この地球は『トゥルーマンショー』で主人公が生活していた巨大なドーム型のセットと同じらしい。映画の主人公がテレビ番組のためにドームの中を世界だと信じるように仕向けられていたように、我々も何者かの手によって地球は球形だと刷り込まれているという。

対岸に見えるシアトル見ながら彼は言う。

「地球の屈曲率を考えればここからシアトルは見えないはずだ。だがシアトルは見える。だから地球は平面なんだ」

彼が初めてYouTubeに動画を流したとき、すぐにたくさんの反応が来たという。そしてその多くは彼の意見に賛同するものだった。

彼があげる根拠の一つに、南半球には直行便がないこと。たとえば南太平洋を渡って、オーストラリアと南アメリカ大陸などを行き来する便がないという。地球が平面だとすると、オーストラリアと南アメリカ大陸には球形地球以上の距離があり、飛行機で直行することは不可能。彼は何日もフライト追跡サイトを見て、それらの直行便がないことを確信した。しかしカルフォルニア工科大学の天体物理学者であるハンネローレは、フライト追跡のサイトで南半球を飛んでいる飛行機をすぐに発見する。精神学者NASAの元宇宙飛行士、科学ジャーナリストたちは、平面説信奉者たちは実に興味深い存在だという。

福音(キリストの教え)の伝道師であるネイサンも、平面説の信奉者である。彼はほかにも、ワクチンの接種、地動説、進化論、公教育を否定している。

テキサス州ヒューストン。ここに住むパトリシアは平面説を広めるためにラジオのポッドキャスト番組を持っている。陰謀論が好きだという彼女の影響力は強く、同じく平面説の中心的存在であるマークと番組を一緒に作り、二人の距離は縮まっていく。そして二人は今まであった小さな平面説信奉者の集まりではなく、もっと規模の大きな平面説国際会議を開こうと計画する。

 

 

 

 

感想

信奉者の人物像

アメリカで地球平面説を信じている人が増えているということは、一年以上前から日本のネットニュースサイトでも取り上げられはじめ、自分も知っていた。彼らの存在を知ったとき、自分が考えた信奉者の人物像は、白人の中年以上、南部の田舎在住で、学歴は高くなく、熱心な福音派(プロテスタントの一派で、聖書の記述を絶対的に正しいとする考えをもつ。彼らが選挙を左右すると言われるほど、多数の信者を抱えている)の信者だ。

だが本作の主人公的役割を果たすマークは、白人の中年であることはたしかだが、IT都市シアトルの近くに住み、特別福音派の信者であるという描写もない。登場する信奉者のなかには、黒人の男性や元ITエンジニアの男性なども登場する。ネイサンのように宗教的背景が大きい人物もいるが、多くの人々は宗教の教えから平面説を信じ始めたようではない。

彼らは決して狂信的な人物というわけでもなく、むしろ魅力的にすら見える。マークとパトリシアの掛け合いなどは、思わず笑いがでてくるほど面白い。

一方で、彼らには一つの共通点がある。それは陰謀論を好むということ。自分も陰謀論は好きだが、否定的な目線からあくまでエンタメとして楽しんでいる。だが、平面説の信奉者たちは、陰謀論を肯定している。そもそも地球が平面であるという事実が、何者かによって隠蔽されているのだとしている。科学者たちは真実を知っているが、地球が平面だと公言すれば職を失うから言わないらしい。

ここまで言う彼らだが、奇妙なことにいったい誰が、なんのために、地球が平面だという事実を隠しているのかを答えることができない。陰謀の黒幕としてフリーメイソンユダヤ財閥、悪魔信奉者、カトリック教会などを挙げるが、結局のところはわからないらしい。黒幕はうまく世間から隠れているのだという。目的にいたってはまったく答えがでてこない。全世界を欺くという莫大なコストをかけてまで、地球が平面という事実を隠す理由も彼らは知らないのだ。

なぜ平面説、そして陰謀論を信じるのか

マークもそうだが、平面説を否定しようと調べているうちに、信奉者になってしまう人は多い。というのも、平面説を支持するサイトには、それらしい数字や図が並んでいてもっともらしく見える。そして地面が平らだという誰もが抱く直感。それらが結びついたとき、彼らは平面説を信じ始める。

また科学者たちは彼らに見られる二つのバイアスを紹介する。

一つはダニング=クルーガー効果。能力が低い人ほど、自身の能力を過大評価して物事を知っている気になるという認知バイアスである。平面説の信奉者たちは、有利な証拠だけを集めてわかった気になる。ちなみに反対のバイアスがインポスター効果で、能力が高い人ほど自分を過小評価してしまう。

もう一つは確証バイアスだ。なにかを正しいと信じると、それに有利な証拠ばかりを集めてしまう。否定する証拠には見向きしないのだ。本来は証拠があって結論があるのだが、確証バイアスに陥ると、結論ありきで肯定的な証拠ばかり見る。

そして陰謀論者は仮想敵をつくる。自分への反対意見はすべて敵によるものであり、反証は敵がねつ造したものだと考えるのだ。

はじめは小さな疑問や直感、教育に対する反発から平面説を調べる。もっともらしい証拠を見て、自分の直感や反発心が正しいと確証する。そして生まれた確証バイアスによって肯定的な証拠ばかりを探すようになる。ダニング=クルーガー効果によって世間が知らないことを知っているという優越感をもち、ますます一般的な考えから乖離していく。そして世間は騙されていると思い込み、世の中を操る仮想敵を生み出す。反証されてもすべて敵のねつ造で、ますます平面説を信奉するようになる。

この流れは平面説だけでなく、ほかの様々な陰謀論も同じだ。平面説を信じる人は、世に精通している考えに対して懐疑的になり、ほかの陰謀論も信じるようになる。平面説は陰謀論者への入り口であり、またほかの入り口から入ってきた人が行きつく場所の一つでもある。

なにかを疑問に思うことは大切だ。それは劇中に登場する科学者たちも認めている。天動説を疑わなければ、地動説は生まれなかった。

科学者と陰謀論者の違いは、自分の主張を否定できるかどうかだ。科学者は自説に対してまず反証を探す。そして自分の審査を乗り越えても、他の科学者による審査が待っている。それを乗り越えて初めて確立された学説になる。

陰謀論者はそうではない。彼らは反証を探さない。反証に行きあたっても、それはなにかの間違いだ、ねつ造だ、という結論に至る。このわずかに見える差が、科学者と陰謀論者をわけるのだ。

平面説のコミュニティーと対立

マークとパトリシアは国際平面説会議を開催するのだが、それ以外にも平面説論者の集まりがある。そこでの彼らは和気あいあいとして、本当に楽しそうな雰囲気に包まれている。あらゆるものを疑う陰謀論者にとって、同じ考えをもつ人々の集まりは、数少ない心を開ける機会なのかもしれない。

その集まりでのマークの扱いはスターそのものだ。人々からサインと握手をねだられ称賛を浴び、彼らが作った平面説グッズの感想を求められる。

マークは言う。

「『トゥルーマンショー』の主人公は失うものがないからセットの外に飛び出した。だけど市長だったらどうするだろう? リムジンがあり愛人がいて満たされている。そうしたらけっして外には出ないだろう」

それに対してインタビュアーがこう返す。

「いまはあなたもコミュニティの市長では?」

マークに返す言葉はなかった。

平面説論者は身近なコミュニティから孤立する傾向にある。そのかわりに平面説コミュニティの居場所を見つけるのだ。

さて、平面説論者も一枚岩ではない。それは彼ら自身も認めている。平面の地球の周りの宇宙はどうなっているか、という単純な違いなら同じコミュニティでも共存できるし、彼らもそうしようと努力している。なるべく相手の考えを否定しないのだ。

オッドという平面説論者が出てくる。彼は元NASAの職員で、平面説論の第一人者である。マークも彼の影響を受けているのだが、マークはオッドから攻撃を受けている。オッドは自身の動画で、マークはCIAの工作員だと罵る。オッドからしてみれば、自分が平面説を唱え始めたのに、マークがその立場を奪ったのだ。オッドと彼の支持者たちはマークやパトリシアを工作員だと攻撃する。陰謀論者はあらゆるものを疑うので、度が過ぎると仲間たちですら疑ってしまう。ときに、オッドたちの攻撃に対してパトリシアが放った言葉が面白い。

「彼らはパトリシアという女性は存在せず、NASA工作員が作り上げた人格だと言う。ときには人型爬虫類とも。出征証明書や昔の写真を見せても、ねつ造だと返される。打つ手なしよ」

明らかなダブルスタンダードだ。彼女自身が地球は球形だという証拠を見せられてもねつ造だと言い、平面説への反証を認めようとしないのに、同じような行動パターンをもつ攻撃者たちに対して呆れているのだ。結局のところ、彼らは自分を客観視できないのだ。そのため自分の中にある矛盾や誤謬を認められない。自分を客観視できない限り、彼らは真の意味で団結することもできないし、矛盾を乗り越えられない。

広がる陰謀論

国際平面説会議には、両親とともに来たという十二歳の少年や、親子三代で平面説の信奉者だという人もやってくる。科学者たちは言う。彼らは実のところ無害なのだ。けれども彼らの影響が広がることは決して良くない、と。

アメリカではいまだに約四割の人が進化論に否定的だ。これには上述した福音派の影響がある。進化論は聖書と矛盾する。だから間違っているというわけだ。福音派の人々が信念として進化論を否定するだけならいいのだが、過激な福音派は進化論を公教育で教えることにも反対する。学校で進化論を教えるのをやめるべきという訴えのために裁判が行われ、その訴えが却下されると、今度は創造論も一緒に教えるべきと訴える。それも退けられると、今度はインテリジェント・デザイン論(ID論)を持ち出す。ID論とは、生き物はあまりにも精緻な存在なので自然発生するとは考えられない。なのでなんらかの知的存在が地球の生物を生み出し、人間へと進化するようデザインした、という考え方だ。なんらかの知的存在というが、これは明らかに神であり、科学の皮をかぶったキリスト教創造論である。もちろん学会では一顧だにされない。もちろんID論も公教育では認められていないが、福音派が強くなれば進化論が教科書から駆逐される日がくるかもしれない。そうすると科学は軽視されてしまう。

このID論のように平面説が広まれば、同じように科学への軽視が進むことを学者たちは危惧している。

このドキュメンタリーが撮影されたのは、たんに地球平面説が広がりをみせているからだけではないだろう。

2016年、大統領選挙に勝利したドナルド・トランプ。一部のトランプ支持者の間に広がる陰謀論がある。「Q」という匿名人物によりネット繰り広げられている陰謀論はこうだ。

アメリカはユダヤ人や悪魔信奉者に操られている。ヒラリー・クリントンバラク・オバマはそれらの手先で、さらに彼らは子供をいけにえに捧げる儀式を行っている。トランプこそがアメリカを陰で操る存在と戦う救世主である。

この荒唐無稽な主張が、ネットを中心に大きな支持を集めている。「Q」の支持者は「QAnon」(「Q」と匿名を意味する「Anonimaous」を繋げた造語)と呼ばれる。トランプ大統領の演説会でも「Q」のプラカードを掲げた人々が確認できる。このようにアメリカでは世論を左右するほど陰謀論を信じる人々が増えている。平面説もまさしくこの流れの一つなのだ。

信念は揺らぐか

科学者たちは陰謀論を信じる人々を、どうすれば諭せるか考えている。多くの場合、陰謀論者は科学者に対して敵対心をもっている。科学者はその点について反省しなければならないと作中でスピーチをする科学者は言う。

陰謀論者の考えを、科学者たちは上から目線から頭ごなしに否定してきた。数字やデータを提示して、彼らの考えを笑うことを繰り返してきた。そうすると陰謀論者たちは被害者意識を強めて、さらに彼らの殻にこもるのだ。こうして彼らは先鋭化して、社会から孤立していく。社会も彼らを失う。」

陰謀論者を諭すためには、論争ではなくともに探求することが第一歩だ。そして彼らが正しい判断ができるまで情報を提供することが重要だ。」

まさしくその通りだろう。ただただ彼らを否定するだけでは、ますます対立が激化するだけだ。最悪の場合、陰謀論者を追いつめて恐ろしい事件が起きるかもしれない。実際に、先のアメリカ大統領選挙中、民主党とつながりがあったピザ屋が襲撃されるという事件が起きた。犯人は、そこで民主党員による児童の売買があるというネットの話を信じて事件を起こしたという。ヒトラーユダヤ人絶滅を目指したのは、ユダヤ陰謀論を信じたからだとも言われている。

何事も疑問に思うという陰謀論者の態度は、学問にとっても有益だ。学問は疑問から始まる。しかし、陰謀論者はそのあとの思考や行動が誤っている。彼らは教育の失敗の犠牲者だ、と精神学者は言う。

マークは日食を観察する。平面説の世界観では、太陽と月は必ず対になるように空を回っているので、両者が重なる日食は起きるはずがない。彼は日食を平面説から説明しようと、ほかの人々と同じように空を見上げ、太陽を月が隠すそのときを見る。

マークはただ日食に見とれていた。平面説を信じていない一般的な人々と同じように、貴重な天体ショーに感動を覚え、それを隠すことができないという様子だった。彼はパトリシアに感想を話す。まるでテレビの特殊効果のようだった。月が重なっているようには見えなかった。だが、彼の顔にはいつものような自信は現れていなかった。

別の平面論者が、地球が平面と証明するための実験をする。

一人はジャイロスコープを使って、地球が自転していないことを証明しようとする。しかし、ジャイロスコープは地球が一時間当たり十五度の回転をしていることを示す。彼はめげずに、条件を変えて再度実験すると語る。

もう一人は、板と光を用いた実験をする。同じ高さに穴をあけた板を二枚並べる。離れたところから同じ高さに懐中電灯を置き、この光が穴を通して見えたら、地球へ平坦だということになる。結果、光は見えなかった。懐中電灯の高さを上げると、光は穴から漏れた。大地は屈曲していた。映画は実験を終えた彼の表情を映して締めくくられている。その顔には失望と戸惑いが混じっていた。

 

まとめ

ドキュメンタリーをしっかり見たのは初めてかもしれない。あまりにも構成がよかったので、ドキュメンタリー風映画かと思ってしまったくらいだ。荒唐無稽な平面説を信じる人々を、ただの愚か者と否定するものではなく、彼らのありのままが映っていた。オッドのようにまさしくな陰謀論者もいるが、登場する人々の多くは、一般的な生活をもち、良識をもち、ユーモアを見せる。魅力的で多種多様な人々がいる。実際的な実験方法を思いつく能力を持つ人がいる。

ネット社会になってから、陰謀論の広がりは加速したと思う。本来は開かれた世界のネットに無数の密室が生まれて、その密室で陰謀論は醸成されていく。いわゆるエコーチェンバー現象だ。

地球平面説を信じる人はけっして異常者ばかりではない。陰謀論者と我々は紙一重の存在なのだ。

彼らを諭すにはどうすればいいだろうか? そして彼らにならないためにはどうすればいいだろうか? 

考えるきっかけを与えてくれる素晴らしい映画だったと思う。

構成も素晴らしいので、自分のようなドキュメンタリー初心者でも退屈せず見られるだろう。