自分という病

主に映画の感想 たまに変なことも書きます。あらすじは長いです。

映画感想 悪夢の惨劇

『悪夢の惨劇』(原題:Bad Dreams)

1988年 84分 アメリ

評価 7.5点/10点満点中

 

人民寺院」をご存じだろうか? ジム・ジョーンズという男が五十年代にアメリカで創始した団体で、最初は赤狩りの対象となっていた共産主義者や黒人などの弱者を保護する団体だった。しかし、組織はやがて先鋭化し、七十年代にはジョーンズを教祖とするカルトとなった。アメリカを追われた人民寺院は、南米ガイアナでジョーンズタウンと呼ばれる自分たちの街を築いた。ついには元信者の告発によって視察に訪れた下院議員を殺害したあと、九百人以上の信者が集団自殺した。

二十世紀後半には人民寺院のように集団自殺したカルトが少なくない。

本作『悪夢の惨劇』の主人公は、カルト教団集団自殺の生き残り。長い昏倒から目覚めた彼女が、教祖の幻覚に悩まされる。ホラーでありサスペンス要素が強い本作。日本語版のWikiがないほどの知名度だが、丁寧な出来で面白いのでオススメできる。

 

 

 

 

 

 

あらすじ(ネタバレなし)

1975年、丘に建つ家の中で、宗教団体「和合(Unity)」の教祖ハリスが信者に語りかける。ハリスは信者たちの頭に液体を垂らす。少女シンシアもハリスのもとに歩み寄り、液体を浴びる。日が沈みはじめたころ、家の中から火があがり、それは大きな爆発となる。

現場に駆け付けたワッサーマン警部が部下に状況を訪ねていると、唯一の生存者であるシンシアが発見され、彼女は病院へと運ばれる。彼女が救急車の乗ってすぐ、教祖ハリスの死が確認される。手術を受けたシンシアは命こそとりとめたものの、長い昏睡状態に陥る。

昏睡状態の中で、シンシアは教団にいたときのことを見る。ハリスが聖なる焔を手に入れたこと、和合の日が近づいていることを、信者たちは楽しそうに語る。ハリスがシンシアに語りかける。「迎えに行くぞ」

13年ぶりに目を覚ますシンシア。長らく外界と断絶されていたシンシアは、主治医のべリスフォードの提案で、彼の助手カーメンが行っているグループセラピーに参加する。セラピーの参加者たちは境界性パーソナリティー障害を抱えており、シンシアは奇異な面々に驚く。メンバーのミリアムとハリスが、シンシアに教団のことを話せと迫る。シンシアは教団の理念を語る。和合は、エゴからの解放と愛と信頼に根差す社会を理想としていた。ハリスはそれを聞いて下らないと吐き捨てるが、それまで黙っていたラナという若い女性が、教団の理念に大声で賛意を示す。

セラピーのビデオを見るカーメンとべリスフォード。カーメンは、ラナが三週間ぶりに口をきいたうえに、興奮していたことに興味を示す。だが、べリスフォードはよくあることだと言う。べリスフォードにとって重要なのは、シンシアの記憶の回復だという。

リハビリ中、看護師から薬を受け取り飲んだシンシアに、ハリスが話しかける。彼は自分の腹部の傷跡を見せ、興奮を鎮めるには体を傷つけることだと語る。

セラピーの面々との距離を感じたシンシアは、カーメンに退院したいと告げるが、彼女に行き場がないことを理由に、彼は病院に残るよう言う。二人が乗ったエレベーターが止まる。最近よくある、とカーメンは言う。点滅する照明の下、シンシアが振り返るとそこにハリスが立っている。悲鳴をあげるシンシアに、ハリスは手を伸ばす。エレベーターの扉が開き、シンシアが這い出すと、ハリスの姿は消えている。

セラピーに参加するシンシアだが、気が乗らずにひとり離れたところでセラピーを観察する。そうしているうちに、彼女は教団の事件の日のことを思い出す。

ハリスは信者たちに液体を浴びせ終わると、自らもその液体を浴びて、さらに床にぶちまける。取り出したマッチに火をつけて床に投げると、火は瞬く間に燃え広がり、信者たちを燃やす。燃え盛るハリスがシンシアを見て、君だけが抜けたと言う。揃って旅をするはずが、君のせいで待たされていると。火はガソリンのタンクに燃え移って爆発を起こし、シンシアは悲鳴をあげて現実に戻ってくる。

シンシアは思い出したことを、べリスフォード、カーメン、そしてワッサーマン警部の前で語る。ようやく火事の真実が明らかになるが、ワッサーマン警部はシンシアが放火に協力したのではと詰問する。べリスフォードが彼を制し、シンシアは気持ちを落ち着けるために注射を受ける。

浴場の更衣室で、シンシアはラナに話しかけられる。ラナはシンシアを慰めると、友達になろうと言うが、シンシアは彼女を拒絶する。ラナは嘆くと浴場に戻る。二人を見ていたミリアムが、シンシアの態度を責めるが、シンシアは彼女にも強く言い返す。ミリアムが去ったあと、立ち込める湯気の向こうに、教団にはいったときの光景をシンシアは見る。池に腰まで浸かったシンシアは、ハリスに頭を掴まれると、清めと称して彼女を何度も水に浸ける。やがてハリスのやり方は乱暴になり、さらにシンシアは幼い自分がラナに入れ替わっているのを見る。ラナは池から顔をあげなくなり、ハリスはシンシアを見ながら言う。「君が来ないなら代わりの者をつれていく」

悲鳴を聞いてシンシアは過去から戻る。浴場に駆け付けると、ラナが大きな浴槽に浮いている。すぐに職員が駆け付けるが、ラナはすでにこと切れている。

幾たびもシンシアの前に現れるハリス。そのたびに、彼女の周囲では不可解な死が起きる。果たしてハリスは生きているのか? それとも別の何者かなのか? シンシアの心は疲弊していく。

 

 

 

 

 

 

 

感想(ネタバレあり)

お薬飲めたね

精神病院を舞台にした映画は多い。傑作映画『カッコーの巣の上で』や、以前紹介した『ザ・ウォード』などだ。それらの映画でよく見られるのが、コップに入った薬を看護師が配り、患者がそれを一気に飲み干すシーンだ。

このホラー映画お馴染みの光景こそが、本作の肝である。シンシアが悩まされていた幻覚は、劇薬や麻薬をべリスフォードにより投与されたことで引き起こされたものだ。

ぶっちゃけ、カーメンが怪しいと思っていました。ホラーだと優しい奴はだいたい殺人鬼じゃないですか、ねえ。

ミステリー面でも出来の良い映画だと思う。病院において投薬のシーンが映るのは当たり前であるし、変わり者のセラピーの面々や出番の多いカーメンに比べると、べリスフォードはその役回りの割に目立たなかった。かといって、視聴者を騙すようなことはしていない。わざわざ投薬の場面を描いているし、シンシアが教団の火事のことをワッサーマンに話しているとき、カメラは彼女の手に打たれる注射を映していた。

種明かしもきれいだ。錯乱したラルフが飲まなかった薬をカーメンが預かり、首を宣告されて自暴自棄になった彼がそれを飲み、薬の異常な効能に気が付く。また、シンシアを留置するというワッサーマンに対して、べリスフォードが隔離室に入れると反対したことは、彼の計画のための発言だが、患者を思う医師の発言にも聞こえる。薬を飲んだカーメンが見る幻覚も、一見カーメンの異常性を提示しているようで、彼に対する疑念がいっそう増す。そこからするすると謎が明らかになるのは、気持ちいい。

ハリスの存在もべリスフォードの隠れ蓑として大きい。集団自殺したカルト教団の教祖というのはインパクトとして十分だし、シンシアを迎えに来ると言う彼の言葉は恐ろしい。ハリスの穏やかな顔も恐ろしい。時代設定も考えると、ハリスの存在は説得力のある見事なブラフだ。

残念な点は、べリスフォードの動機が弱いことか。投薬により人を自殺に導くことができる。それが証明されたところで、「それで?」という感じ。彼自身のキャラクターの掘り下げも少ないので、ますますそう思うのだろう。それなら、べリスフォードはハリスに心酔しており、不完全に終わったハリスの計画を達成させるために動いていた、とかはどうだろう。そうなると、べリスフォードとハリスの繋がりを描かないといけないが。

ホラー映画ながら、ミステリー要素も強く、ホラーミステリーにありがちな無理やり感がないところは評価できる。都合の良い幻覚を見過ぎだとかは言ってはいけない

 

嫌なことほど覚えてる

中学のときの先生が、嫌なことを忘れられない人間は自殺する、と言ったことは、十年以上経った今でも忘れられない。しかし人間と言うのは、嫌なことはなかなか忘れられない。シンシアにとってはハリスがそうだった。

シンシアはハリスの幻覚に悩まされる。この幻覚の演出が巧い。まずはラナの死の前に見た幻覚。立ち込める湯気がいつのまにか濃くなって、壁が湯気によって見えず、まるで壁がなくなり空間が広がっているように見える。その空間にハリスたちが現れて、湯気はいつのまにか霧になる。シンシアはこのシーンの前に注射を受けている。

そして洗礼を受けるシンシアが、いつの間にかラナへと入れ替わっている。ハリスのセリフも合わせて、ラナの死を想像させる。予感の通りラナは死んでいる。ラナの死の真相は、薬物投与とシンシアに拒絶されたストレスによる自殺だが、まるでハリスの呪いのように思える。

ミリアムが乗るエレベーターに、ハリスが乗っているところも恐ろしい。自然に配置された台車と荷物、ピントの合っていないそれが動いたとき、隠れていたハリスが見えてシンシアに手を振っている。ホラーの演出としては目新しいものではないが、ハリスの存在感を考えると、十分に恐怖を演出できている。

ラルフの切腹と、コニーとエドの死に方は、やや雑な感じがする。もともと自傷癖のあるラルフが一線を越えることや、酔っ払って投薬も受けたコニーとエドが換気扇に巻き込まれる(もしくは自ら突っ込む)ことは、自然と言えば自然だが、ラナとミリアムのときと比べると、演出の面白みに欠ける。

ギルダの死は一番の謎。彼女の部屋に劇薬が置いてあったことも不可解だし、彼女のセリフはもっと不可解だ。信仰心の強い彼女は、べリスフォードの薬に耐えて自殺願望を抑えていたのだろうか? 業を煮やしたべリスフォードが彼女の部屋に劇薬を置いたのだろうか? 寝ている彼女に近づく影があるから、べリスフォードは実際に彼女の部屋まで出向いたのかもしれない。べリスフォードがみんなを殺していることに気が付いたギルダは、彼の手にかかるまいと自殺を選んだが、結果としてそれがべリスフォードの計画だった。こういう筋書きなのかもしれないが、ギルダのくだりは正直よくわからない。

 

 

まとめ

ストーリー、演出ともに丁寧に作られている良作。ハリスという圧倒的存在感を放つキャラクターをブラフとして使うところも面白い。ラストのシンシアの行動がやや強引なのが難点。また本国アメリカでの批評家の評価はかなり低い。個人的には楽しめる映画だと思う。