自分という病

主に映画の感想 たまに変なことも書きます。あらすじは長いです。

映画感想 ATM

『ATM』(原題:ATM)

2012年 90分 アメリカ/カナダ

評価 2点/10点満点中

 

密室を舞台とする映画は数多い。とくにスリラーやホラーのジャンルでは、人気の舞台だ。限られた空間というのは、人の精神を摩耗させる。そこに現れるのは人間のエゴや脆さであり、それらをまざまざと見せつけられるのは、ときに幽霊や悪魔が出るホラー映画よりも恐ろしいことがある。

密室の舞台は様々だ。『キューブ』のように無限の密室もあれば、『リミット』のように人が一人寝転ぶのが精いっぱいというのもある。密室の設定も、この手の映画にとっては重要となる。『キューブ』では恐ろしい罠が、『リミット』では身動きがとれないということが、作品に緊迫感を生んでいる。

本作『ATM』の密室は、その題名通りATMブースだ。本作のATMブースは広い駐車場の真ん中にぽつんと存在して、深夜ともなれば世界から忘れられた存在となる。

しかし、この映画を見た人はこう思うのではないだろうか?

「これ、密室である必要性ある?」

正直言って、この映画では密室の設定を活かすことができていない。それどころかスリラー/ホラー映画として紹介されているのに、まったく緊迫感がない。自分は鑑賞中に、コントを見ているような気分になった。映画に突っ込みながら笑って見られる人なら、鑑賞してみてもいいかもしれない。

 

 

 

 

 

 

あらすじ(ネタバレなし)

クリスマスも近づいた冬のある日、証券会社に勤めるデイヴィッドは客に損失を出してしまい落ち込んでいた。そのうえ、片思いの相手であるエミリーがその日で退職してしまうことを、友人のコーリーの言葉で思い出す。会社のクリスマスパーティーに出席せずに帰ろうとするデイヴィッドだったが、コーリーの説得で出席。パーティーの場でエミリーと会話を交わすが、好意を伝えられずエミリーは帰ってしまう。エミリーを追いかけ彼女を家まで送ることにする。しかし、そこにコーリーが自分も送るように言ってきたので、渋りながらもデイヴィッドは了解する。

三人を乗せた車は、まずコーリーを送るために彼の家へと向かう。その途中、コーリーの要求でATMブースに寄る。なかなかATMブースから出てこないコーリーにしびれを切らしたデイヴィッドが彼のもとへと行き、エミリーも追って中に入る。カードの不調でお金をおろせないコーリーの代わりに、デイヴィッドがお金をおろす。

ブースを出ようとすると、三人はフードを被った男が外に立っていることに気が付く。微動だにしない男を訝しむ三人は男に話しかけるが、男は反応しない。強盗かもしれないと思いブースから出られないでいる三人の目の前で、男は近くを通りかかった犬の散歩をしていた男性を殺害する。

目の前の惨事に恐怖する三人だが、全員に外への連絡手段がないことに気が付き、さらにパニックに陥る。再びブースの前に立つ男。得体の知れない存在を前にして、三人は追いつめられていく。

 

 

 

 

感想(ネタバレあり)

杜撰、あまりにも杜撰

本作を鑑賞した人の八割くらいは思ったはずだ。

「普通に逃げられるんじゃない?」と。

ATMブースは入るのにキャッシュカードが必要になる。主人公たちはこの密室から出入りすること自体は自由という特異な状況になる。しかし、目の前にいるフードの男を前にして、心理的に出ることができないわけだ。この発想自体は面白い。問題は、フードの男の罠や行動があまりにも杜撰なため、視聴者としては脱出をしようとしない主人公たちに苛立ちとか呆れが募るばかりなのである。

密室ものにおいて、それも本作のような不完全な密室においては、犯人が巧みなトラップを仕掛けていかに登場人物を密室にとどまらせるかが重要になる。

作品の冒頭で、犯人がブースの見取り図などを使い、計画を練る様子が映される。しかし、犯人が仕掛けたトラップといえば、

1.ブースないの非常時連絡手段を取り除く

2.ブース内の電源を落として暖房を切る

3.駐車場内にワイヤーを張って、出ようとしたものを転倒させる

4.ブースの管理人と同じ格好をして、主人公たちが点検に来た管理人を襲うように仕向ける

これだけである。

もしかすると、コーリーはカードを使いブースに入れたのにATMでは使えず、彼をおってデイヴィッドとエミリーがブースに入る流れはフードの男が仕組んだものかもしれない。特殊な仕掛けを使い、入り口だけはカードが反応するようにして、ATMは反応しないようにする。だがそれでは、デイヴィッドのカードがATMで使えたのはなぜかという疑問が残る。コーリーのカードを狙い撃ちすることなんてできるのだろか? 

それとデイヴィッドの車に入っていたクリップは、フードの男が忍び込ませていたのだろうか? それでもどうやって忍び込ませたのかが不明だし、使い方も車のドアに挟んで開かないようにするという実に微妙なものだ。

 

蜘蛛の巣よりも脆い計画、そしてストーリー

まず、火災報知器を切っていない。これは重大なミスだ。デイヴィッドたちがタバコを持っていなかったからよかったものの、もし彼らが火を点ける手段を持っていたら、その時点で消防などに警報がいき、男の計画は破綻だ。なぜ非常ボタンや非常時用の電話を取り除いたのにそこには目がいかなかったのだろう。

フードの男はしきりにブースの裏手にまわって、ATMの裏側に通じるドアになにかを作業をしているのだが、そのための工具はデイヴィッドの車をトランクから取り出す。いや、自前じゃないんかい、と突っ込みたくなる。しかも、この作業がなんのために行われていたのか、最後までわからない。一応、そこから水をブース内に流すのだが、そのためのホースはたまたま近くにあったものである。フードの男も、「あ、いいのあんじゃーん」といった感じだ。お前は冒頭でなにをしていたんだ?

おまけに警備員が来たときは不意をついて殺すことでなんとかやり過ごし、警察が駆け付けたときはこそこそと逃げていく。

主人公たちの行動も不可解。ともかく外にでようとしない。フードの男がブースの裏に回っているのに、他に仲間がいるかもと動かず、そもそも一斉に逃げれば一人くらいは助かりそうなものだがそれもしない。

外で瀕死のコーリーを助けに行く場面でも、フードの男は裏に回りデイヴィッドたちの行動に気が付いていないにもかかわらず、デイヴィッドたちはブースに戻ろうとする。ここまでくると脚本の都合でしか主人公たちは動いているだけだ。

それと、このシーンでの気になる点がある。エミリーが外からブースを開けるとき、彼女はキャッシュカードを持っていたのだろうか? それにしては手早く開けるし、その瞬間は映らない。まさかこれほど重要な設定を忘れているとは思えないが。

エミリーの死も偶発的な事故だし、彼女が生き残れば、デイヴィッドを一連の出来事の犯人に仕立てるというフードの男の計画は崩れる。そもそもエミリーが死んでいても、デイヴィッドに罪をなすりつけるのは無理がある。

 

フードの男の正体は!

不明である。最後の最後までわからない。エンドクレジットの最後まで見たがわからない。もしかりに、男がクリップや工具をデイヴィッドの車にあらかじめ仕込み、コーリーのカードに細工をしていたなら、男はデイヴィッドたちをターゲットにしていたということだが、そうした描写はいっさいない。むしろ、最後に男が次の計画を立てていたので、デイヴィッドたちはたまたま巻き込まれただけに思える。

フードの男の正体が、序盤に出てきた同僚の誰かとかならばまだ驚きもあったのだが、そんなことはないのでモヤモヤばかりが残る。杜撰な脚本の結末は、まさかの投げっぱなしである。

 

まとめ

褒める点を見つけるのが難しいほど、杜撰な作品だ。出られるのに出られないというシチュエーションはよかったものの、そのシチュエーションを維持するためだけに登場人物は動き、シチュエーションを維持するための細工はなされていない。こういった作品は、緻密に張り巡らされた罠から、主人公たちが知恵を振り絞りときには犠牲を払って脱出するのが肝のはずだ。主人公たちの知能もフードの男の知能もとても残念なレベルである。そのため、フードの男にはまったく恐怖を感じないし、デイヴィッドたちにも感情移入ができない。

シリアスな笑いを楽しみたいなら見てもいいかもしれない(笑えるとは言っていない)。素直に『SAW』や『キューブ』、『イグザム』を見るほうがずっと有意義だろう。