自分という病

主に映画の感想 たまに変なことも書きます。あらすじは長いです。

映画感想 ベルベット・バズソー:血塗られたギャラリー

『ベルベット・バズソー:血塗られたギャラリー』

  (原題:Velvet Buzzsaw)

 2019年 アメリカ 112分

評価 7点/10点満点

 

今回はNetflixオリジナル映画『ベルベット・バズソー:血塗られたギャラリー』(以下『ベルベット・バズソー』)の感想を。ネタバレを含む。

 

コンテンツ制作の予算が一兆円を超えるNetflix。少し前までのオリジナル作品では中堅どころの俳優を使うことが多かったが、最近は大作映画でも活躍する有名どころをバンバン使っている。本作の主演も『ブロークバック・マウンテン』や『ナイト・クローラー』に出演しているジェイク・ギレンホール(註:姓はジレンンホールとも)。今夏に公開される『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』にも重要な役柄での主演が決まってる。個人的には『ナイトクローラー』でのサイコパスな演技が印象に残っている。一方でコメディ映画でゴールデングローブ賞を取るなど、実力のある俳優だ。本作でも素晴らしい演技を見せてくれる。

 

さて、本作はジャンルとしてはホラー映画なのだが、現代の美術界に対する風刺映画にもなっているのだと思う。自分は美術界の事情とかにはまったく明るくないのだが、美術界の黒い面が、そんな自分にも見えるように描かれている。ただのホラー映画ではない二面性をもつ映画だと言える。その点が観客からの評価をわけると思う。少なくとも単純なホラーを期待した人はちょっとがっかりするかもしれない。

 

 

 

 

あらすじ(前半まで)

著名な画商ロドラのもとで働くジョセフィーナだが、彼氏に浮気はされたあげく、遅刻の常習犯だとロドラに疑われて信用をなくす。美術批評の世界では神と言われる批評家のモーフは彼女に惚れており、積極的に彼女を誘い、恋人となる。

ある日、ジョセフィーナは同じアパートで急死した老人ディーズが画家だと知り、彼の部屋に忍び込むと、そこで大量の絵画を見つける。一目でそれらに惹きつけられたジョセフィーナは作品をひそかに運び出し、モーフに見せる。モーフもディーズの絵にはとてつもない価値があると認め、ジョセフィーナはディーズの作品を使い、美術界でのし上がることを目論む。しかし、たまたま作品を見た同僚の告げ口により、ロドラにディーズの作品の存在がばれてしまう。ロドラの法律を盾にした説得に、ジョセフィーナは折れて、彼女と二人でディーズの作品を世に送りだすことを決める。

ディーズの作品は瞬く間に美術界を席巻。作品にはどんどん高値がつく。ロドラは作品の数を実際よりも少なく宣伝して価格のつり上げを狙い、ディーズの発見者であるジョセフィーナはロドラのやり方に反発しながらも、自身の名声が高まるつれて傲慢さを見せるようになる。そしてモーフは謎の画家ディーズに関する本を書くために彼について調べるのだが、徐々にディーズの暗い過去が明らかになっていく。

そんな中、ディーズの作品をネコババしようとした従業員が運転中に幻覚に襲われ事故に遭う。怪我を負った彼は助けを求めに廃棄されたガソリンスタンドの中に入るが、突如、飾られていた絵に描かれたサルが動き出し、無数のサルの手に襲われ行方知れずに。この事件を皮切りに、ディーズの絵の呪いが動き出す。

 

 

 

感想

ホラーか風刺か

上にも書いたようにこの作品にはホラー映画としての側面と風刺映画としての側面がある。どちらかというと風刺映画としての側面のほうが強いだろうか。だからホラーを期待していた自分は、少なからずがっかりしてしまった。Wikiによると監督はもともと風刺が強い映画を作ろうと制作に臨んだらしく、その点は自分の期待が間違っていたのかもしれない。

 

ホラー映画として

ホラー映画としての本作は、呪いの絵を活かしきれてないように感じる。というのも、登場人物はディーズの絵が動くという幻覚を見るのだが、油絵?らしいディーズの絵画が突然リアルなCGになり、質感ががらっと変わってしまう。せっかくディーズの絵は不気味な雰囲気をたたえているのに、幻覚に変わるとその雰囲気が台無しになってしまう。

それとホラー要素がでてくるまで四十分以上あるので、ホラーを見たい人はそこに行きつくまでにうんざりしてしまうかもしれない。

よかった点としてはびっくり系というよりは雰囲気で恐怖を喚起するタイプの映画であること、またこれは風刺としての側面に通じるのだが、意外にもディーズの絵に直接殺される人物がいないことだ。

恐怖シーンの演出は良い。モーフが序盤に散々こき下ろしたロボットに追いつめられるシーンでは、ロボットが吐く思わせぶりだがチープなセリフが絶妙に不気味だ。また、作品の最後、芸術品を処分して呪いから逃れたように見えたロドラが安堵する構図が、ディーズの絵と重なり、彼女の首にあるVelvet BuzzSawと書かれた丸鋸のタトゥーが動きだすシーンではぞくっとするものを感じられる。

演出面には光るものがあるのだが、絵と幻覚の質感のギャップ、そもそもホラーシーンが少ないことが欠点だろう。

 

風刺映画として

風刺映画としての本作はなかなか良くできていると思う。美術のことをよく知らない観客にも、美術界というものがどういう世界かを自然に説明してくれるし、うまく芸術をマネーゲームの道具としている人々を批判している。

巨匠と呼ばれる人々の作品には富豪が巨額の金を出す。しかし彼らは美術を愛しているわけではなく、作品を投資や節税、または自分のステータスのためだけに利用する。画商も芸術家もそれを知っているから、著名な批評家に作品を高く評価させようとあの手この手を使う。そして批評家もなんらかのキックバックを受け取る。ポロックの絵を見ても感動しない人がいるが(自分はそのタイプ)、現代アートというのは、技術や技法に重きを置いた古い時代の絵画と異なり、見る者の感性が評価を決める。自分の感性に自信がない人は、批評家や研究者の評価をそのまま作品の価値にしてしまう。

現実でも、アメリカの現代アート美術館で、高校生たちがいたずらとして眼鏡を床に置いたところ、たくさんの人が作品と勘違いしてその場に足を止めて批評したり写真を撮ったりしたという。本作にも同じような場面があるし、作品を語る金持ちたちの言葉は知性や教養があるようでどこか薄っぺらい。このあたりの演出やセリフはすごく丁寧だしうまい。もっとも、そのせいでホラー要素が薄まっているきらいもあるのだが。

この映画を見て初めて知ったのだが、アートアドバイザーという職があるらしい。金持ちに買うべき作品をアドバイスするという職業だ。この仕事をしている人には申し訳ないが、これはもう芸術を殺しているようなものだと思う。金持ちは作品をじっくり見ることもなく、アドバイザーの言うままに作品を買う。そこに芸術と向き合ったときの感動はいっさいない。アートアドバイザーとして登場するグレッチェンは、一貫して賢しい傲慢女として描かれているので、この感想は制作の狙い通りなんだろう。

本作で犠牲になるのはディーズの絵を利用して金儲けをたくらんだり、名声を得ようとする人々だけで、芸術家たちは無事であるところにも、本作の批判精神はでているだろう。

ラストでディーズの絵がどこかから流出し、ホームレスが安値でそれを売るシーンがある。果たして呪いは広がるのか、それともマネーゲームの外に価値を見出されて呪いはなくなるのか。ホラー的には前者かな。

 

まとめ

ホラーと風刺を融合させた本作だが、風刺の面が強すぎたためにホラーの要素が薄まってしまったのが残念。しかし、風刺に重きを置いて鑑賞すれば、十分に楽しめる作品だと思う。また、徐々に傲慢になるジョセフィーナや強かなロドラ、終盤には情けないくらいにおびえるモーフなど、キャラクターの個性とそれを表現する役者の演技はとてもよかった。ジョン・マルコヴィッチ演じる芸術家ピアースなんかも見ものだ。彼が延々と砂浜に模様を描き続けるエンディングは癒し。

見ても損はない映画だと思うので、Netflixの会員の人はぜひ。

 

余談

呪いの絵を描いたディーズのモデルはヘンリー・ダーガー(1892~1973)だろうか。彼は掃除人の仕事以外とはほとんど世間との接触を断ち、自宅アパートにこもって『非現実の王国で』という挿絵つきの小説を書き続けた。彼の死の前、部屋から発見された作品は、小説としては一万五千ページを超え、挿絵は三百枚を超える。物語は「ヴィヴィアンガールズ」と呼ばれる少女たちが奴隷制のある軍事国家と戦うというものだ。ダーガーは満足のいく教育をうけなかったので、物語の構成も定まらず、絵も決してうまくはない。しかし彼しか描けない世界観はいまなお多くの人を惹きつけている。かくいう自分も『非現実の王国で』が欲しい(結構高く7000円を超える)。もっとも、ダーガーの絵は奇妙だし少女に男の象徴がついたりしているのだが、けっして怖いものではない。ただ小さい子は泣くと思う。